戻る 1. 佐渡汽車両船運賃問題とは何か: 2011年2月ガメチン編 |
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(数値は、2008年ガメチン調べの上記リンク、「全国主要フェリー5m未満車両抗送料比較」を利用) ■全国主要3航路と佐渡汽船の1Km運賃 ・佐渡汽船(新潟→両津) 17,410円/67Km = 259.85円/1Km ・ハートランドフェリー(江差→奥尻) 19,650円/61㎞ = 322.13円/1Km ・隠岐汽船(七類→西郷) 21,830円/60Km(概算) = 363.83円/1Km ・九州郵船(博多→対馬(比田勝)) 29,440円/147Km = 200.27円/1Km ■満車状態の1便が1Km動くごとの単純収益 ・佐渡汽船(新潟→両津) おけさ丸(乗用車290台) = 75,356.71円/1Km ・ハートランドフェリー(江差→奥尻) アヴローラおくしり(乗用車48台) = 15,462.29円/1Km ・隠岐汽船(七類→西郷) フェリーくにが(乗用車48台: 概算) = 17,464円/1Km ・九州郵船(博多→対馬(比田勝)) フェリーげんかい(約43台) = 8,611.70円/1Km ■位置的に佐渡に最も近い西郷(島後)の島内人口比を1とし、島内発、1便満車時、1Kmの収益額に島内人口を掛け、島を輸送市場として見た場合の収益率を100%とした、他との比較 ・佐渡汽船(新潟→両津) 75,356.71円X3.92(65,037人) = 1691.46%/1Km ・ハートランドフェリー(江差→奥尻) 15,462.29円X0.22(3,700人) = 19.47%/1Km ・隠岐汽船(七類→西郷) 17,464円X1(16,574人) = 100%/1Km ・九州郵船(博多→対馬(比田勝)) 8,611.70円X2.19(36,347人) = 107.99%/1Km 皆さんは、この差をどう見ますか? 間違えがあるならご指摘下さい。 仮に、この数値を笑う専門家がいたとしても、突出した市場を持ち、突出した設備投資により、お隣、隠岐・島後から懸け離れた収益率が想定される、離島生活航路を牛耳る上場企業が、島の文化を形成してきた2本の海道1本を自社都合で冬季閉鎖し、且つ、国家国民の血税補填にぶら下がった赤字企業に成り下がっている事実は変わりません。 ○佐渡汽船車両運賃問題とは 佐渡汽船の運航上の特徴は2点。 離島最大の市場を有する点と、比類のない特大輸送力を有する点です。 しかしながら、この佐渡汽船株式会社が運航上に決して矛盾を起こしてはならない約束事があります。 それは、佐渡航路が、飽くまで離島生活航路という前提に立っている事です。 つまり、離島生活航路に打ち立てられる2つの特徴、最大市場と最大輸送力は、一私企業の営利追及以前に、正確に利用上の便宜に貢献されなくてはならず、そこから導き出されるのは、突出した格安運賃であるべきだという道理です。 しかし、現実の、たかだか往復5時間の車両運賃は、一家4人の民宿一泊代を上回ります。 佐渡汽船側は、それでも業界標準に沿ったと言うでしょう。 が、惚けてもらっちゃ困ります。 比類ない超過剰投資が生んだ特大輸送力の構築と維持に纏わるツケは、延々、県民国民の血税で賄われているじゃありませんか。 従って、より正確な運賃の算出には、県・国レベルの補助金額を上乗せをしなければならず、血税補填が罷り通されている離島生活航路を口実に、島内唯一の上場企業を気取りながら、まるで、その特権の如く、公然と血税に手を付けた佐渡汽船株式会社が結局犯してしまっている運航上の矛盾は、日本資本主義にある筈の自由競争精神すら、根幹から捻じ曲げているんです。 佐渡汽船の「ゆめじ丸」「なみじ丸」時代、佐渡航路は、ごく普通の離島生活航路と記憶しています。 当時、巨大市場を足場に、佐渡航路は安泰の筈でした。 しかし、時代とチャンスが、それを失墜させます。 上越新幹線開業… 上越新幹線開通で俄かに起きた新潟ブームは佐渡にも波及。 島外客で溢れ返った佐渡航路は、離島生活航路から切り離され、優雅な島外客目当ての一私企業による営利追及航路に挿げ替えられました。 これを裏付けるデータが上越新幹線の年表と、佐渡汽船年表から見て取れます。 上越新幹線:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E8%B6%8A%E6%96%B0%E5%B9%B9%E7%B7%9A 佐渡汽船:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E6%B8%A1%E6%B1%BD%E8%88%B9 ・1982年(昭和57年)11月15日 - 大宮駅 - 新潟駅間 (303.6km) 暫定開業。 ・1983年7月 8,000t級【注:国際トン】(ガメチン注:国内トン-約4000トン)「こさど丸」が新潟 - 両津間に就航。この「こさど丸」から佐渡汽船カーフェリーの大型化がはじまる。 ・1985年(昭和60年)3月14日 - (上越新幹線)上野駅開業。 ・1988年4月 日本国内の離島航路初となる10,000t級【国際トン】(ガメチン注:国内トン-約5000トン)「のカーフェリー「おおさど丸」が新潟 - 両津間に就航。 佐渡島内では観光シーズンに向けて祭り等の伝統行事開催日が変更され、旧相川町では、町の予算を上げての全町・民宿化運動が起こりました。 が、所詮、俄仕込みのサービス。 トラブル続出に加え、行楽慣れした本土の観光客を満足させるコンテンツに欠けた事は否めません。 やがてピークは過ぎ、減少の一途を辿り始めた観光客数でも、相川町民の痛みは、時間とともに解消される程度のものでした。 個人の生活では、無駄と分かった事に執着していられないのが、むしろ幸いだったと言えます。 ところが、佐渡汽船は、違いました。 離島生活航路の「面」を被り、佐渡航路を一私企業による営利追及航路に変貌させ、必要な体制転換を怠り、上越新幹線開業ブームに乗じただけの無計画体制を保ち続け、残骸のような過剰投資と高額運賃を晒し、錆らせながら、今、更に、その現状維持を謀っている有様です。 その理由が、日本国体に皹を入れるが如き、荒唐無稽の、1部大衆による特権意識に基づいた哀れな権威主義である事は、最近、再び担ぎ上げられた単に飾りに過ぎない「佐渡-新潟空路」再開のため、年予算、6400万円を捨てると言い放った佐渡市議会によって一目瞭然です。 ガメチンは社会秩序の要、日本倫理に誓い、我が清廉なる古里、佐渡島に在る無恥を放置できません。 毎年1億円前後の県補助金による割引で客数を確保し、辛うじて株価を維持しているご立派な上場会社を、より効果的に討つには、その運賃を勝ち割ることが最善と考えます。 ある佐渡市議の方は、ガメチンに言いました。 「運休させないためのフェリー大型化であって、逆戻りは出来ない」と。 当時、ガメチンは返す言葉が見つかりませんでした。 が、今は言いましょう。 「その意識が諸悪の根源だ」と。 保守政治は茶番です。 自民を見れば分かります。 利権屋集団は、保守を翳す事で、無能故の現状維持を正当化しているに過ぎません。 悪貨こそを駆逐するために、最初に戻りましょう。 保ち守るべきは、原生という最初の一歩です。 それが原生保守の論法です。 離島生活航路が持ち得る市場の中心は、離島でなければなりません。 この考え方が、国領の指標となる離島を、より発展させます。 佐渡汽船の運航体制は、1988年以降、島内経済枠を食み出したまま。 僅か乗用車290台と190台を収容する2隻を主軸とした運航体制は、それでも島民65000人では賄っていけないところへ、佐渡航路を押しやってしまいました。 その証拠が、世紀の大茶番であった往復2000円キャンペーンであり、一向に定められない、その場凌ぎの季節割引に終始する上場株価維持策です。 現状運賃を勝ち割り、佐渡航路を佐渡汽船から奪い返し、自給自足の航路健全化のために、両津航路2000トン級フェリー(乗用車50台以下)の2隻体制へ戻しましょう。 |
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2. 佐渡汽船・欠航防止のためのフェリー大型化を論破する -欠航は、防波堤等港湾設計が防ぎます- |
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3. 佐渡汽船の大罪 -運賃が引き下げられるのに、それをしない罪- |
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